日没直後の“プラトゥー・サイ”(ラオスの凱旋門)
先週、所用によりラオスを一泊で再び訪問してきた。
今回は通算三回目のとても小さな首都「ヴィエンチャン」だったので、滞在中の空いた時間は地図も持たずに街中をぶらぶらとしてみた。
街中で見かけたのは、欧米やアジアからの旅行者、
タイで感じるものとも全く異質な、それぞれの独特な時間が流れている空間がラオス、そしてヴィエンチャンであると改めて感じた。
あらゆる面でタイの後背地と化してしまっているラオスでは、物資の多くをそのタイからの“輸入”に頼っていることが多いので、物価は必然的にタイの物よりも高くなってしまっている物が多い。(ただし、西洋からの輸入酒だけは関税の関係で断然安い!)
例えば、ガソリン

乗車しようとしたトゥクトゥクの言い値運賃があまりにも高く、他のどの車に交渉しても一向に引き下がる気配がないので、「なんで??」と問い詰めたところ、このガソリンの話を懇々と聞かされた。
『普通のラオス人は首都で生活していたとしても必需物資の価格がタイより高すぎて、これでも生活は相当に厳しいよ』と言っていたのが印象的であった。
ただ、早ければ今春(4月24日??)、バンコクから伸びているタイ鉄道の東北線が、現在の終点である国境の街「ノンカーイ」から、いよいよメコン川を越えてラオス・ヴィエンチャンの近くまでやってくるという。 待望のラオス初の鉄道である。
この鉄道開通により、各国から集まるバンコクの港で上がった物や生活に必要なタイで生産された物資が、現在よりも大量に直接ラオス人の元に届くようになるのであろうか。そして、このラオスの人々の生活が今よりも少しは楽になっていくのであろうか?
理由は聞いて納得、、ですが、国が陸に囲まれている地理的な要因によるもので、根が深いですよね、
本当ですよね。
ここの地域の歴史書を先日読んでみましたが、民族の戦いから、西欧列強との戦いまで、歴史・思想・宗教的にも色々と根の深い事象が多いのは確かです。
タイとラオスは国境を越えても、道路が左から右側通行に変わるだけで、さほどの違いはは感じられないような気はしますが、実際はやはり国と国、全く違う土地なんですよね…。
もうすっかり常連になってしまったような・・・
夏以降は是非、Pにおいで!
詳細はまたメールします。
またラオスでした。笑
次回こそ、いよいよ「Pナン」ですかね? 笑